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開封の復興から中国の夢へ

出所:本駅 作者:駅長 閲覧量:38 発表時間: 2014-03-26

 

                   
 3月17日、習近平主席が河南省開封市の蘭考県に足を運び、焦裕禄記念館を見学して、焦裕禄精神を学ぼうと呼びかけている。実は蘭考県は二回目で、一回目は2009年、当時副主席に就任した習近平氏は蘭考県を訪ねてきて、自ら桐の木を植えたということだ。昔、ずっと風砂と洪水などに悩まれていた蘭考県は今日食糧の倉庫になるほど大きく変貌した。
2010年上海万博、中国パビリオンには北宋時代(960年-1127年)の都である開封市の繁栄ぶりを再現した動画版の「清明上河図」が展示され、世間の注目を集めた。開封はすでに中原地区のしるしになったと言えるだろう。
2014年2月、開封市長である吉柄偉氏の発表によると、この5年は開封の発展スピードが最も速い5年であり、市の経済発展伸び率は河南省において上位になったということだ。特に去年六つの経済指標の伸び率が省のトップに上った。
しかし、2005年に、ニューヨークタイムに「開封からニューヨーク――繁栄は雲のよう」という報道が掲載され、貧乏で発展に取り残された開封を世の前に見せた。これまでに昔の繁栄を自慢してきた開封を目覚めさせた。復興の道を歩まなければと開封人が決心した。
 
開封の変化
 
開封を歩き回ると、屋根をつないだ古い建物が開封の歴史と変化を語っているように立っている。
昔ぼろぼろな書店街と鼓楼街、今日は古典と現代を融合しながら宋代の風貌を再現する街に変わった。
昔涸れたお堀、今日はきれいな「御河」になった。中国風の橋とあずまやが建てられ、宋風踊りが上演するまで市民の休憩場所になった。
清明上河園に、大道芸と「東京夢華」という大型水上ショーなどが観光客にとって、見ないと損になるようなものになった。
賑やかな「小宋城」(宋代の風貌を再現するレストランやお土産さんが集まる場所)で、もしかしたらタイムスリップして清明上河図に描かれた開封に戻るのじゃないかと思わせる。
「この千年間、黄河が300回以上も氾濫し、開封が洪水に囲まれるのが7回。上流の土砂が流れ込んで、積んだ結果、今黄河の川底は鉄塔と同じような高さになりました。ちなみに、鉄塔は55.68m。今、開封の地下に6基の城が埋まっています。これで、頭上に天河、地下に城摞城、つまり城が重なり積むのような独特な現象となりました。新中国が成立後、黄河の氾濫を配慮し、1954年、河南省省都は開封から京広鉄道(北京から広州まで)と陇海鉄道の交差点である鄭州に移しました。それで、資金だけでなく、人材などが流出してしまい、開封が発展の原動力を失いました。」と開封市対外宣伝部岳傑が述べた。
近年来、開封の立ち遅れは世間に知られ、歴任の指導者が重責を負いながら、開封市民とともにイメージを変えるよう努めている。特にここ数年、開封は豊かな文化資源を生かして、宋文化の再現に力を入れ、今日の開封は大きく変わった。
日が暮れると、開封は違った趣がある。鼓楼の夜店で焼き立てのあつあつこんにゃく焼きを食べながら、開封の味を味わったり、竜亭湖(北宋時代の宮殿の遺跡地)を歩き回り、ライトアップを見たり、御河で船に乗って、千年前の繁栄ぶりを偲んだりして、きっとユニークな感じになるだろう。
 
尉氏県
 
開封の下に五つの県がある。そのうち、尉氏県が著しい経済発展で注目されている。産業としては、農産品加工業、家具生産業、ゴム製品産業のほか、国の産業移転に応じて進出した電子企業などが挙げられる。県長の韓治群氏にインターニューしたところ、「2013年末現在、尉氏県のGDPは272億元に達しました。尉氏県の一部を含む鄭州航空港経済総合実験区が現在国家戦略に昇格され、県の発展に絶好なチャンスをもたらします」と述べた。
 
朱仙鎮
 
昔、朱仙鎮は江西省の景徳鎮、広東省の佛山镇、湖北省の漢口鎮と中国四大名鎮と称される時代があったが、今は発展に取り残され、昔の繁栄ぶりが見えなくなった。朱仙鎮の名物というと、無形文化財に登録した木版年画が挙げられ、年産が1億元を突破した。そして、「開心一方」グループが120億元の投資で「朱仙鎮国家観光生態示範区」という観光プロジェクトを建設しているところ、これで朱仙鎮の復興が期待される。


 
ここ数年、開封は猛スピードで発展してきた理由と開封の未来像を聞かせたとき、共産党開封市委員会書記祁金立氏がこう答えた。
開封には「清明上河図」と「東京夢華禄」二つの宝物があります。
【清明上河図(せいめいじょうがず)は、北宋の都開封の都城内外の殷賑(にぎわい栄えた)の様を描いた画巻である。『東京夢華録』(とうけいむかろく)は、南宋の孟元老が撰した回想録。10巻。北宋時代の首都・開封の繁栄が詳細に誌されている。書名中の「東京」とは、当時の開封の正式名称である。】
そして豊かな歴史文化資源も持っていまする。しるしになった文化都市というと、北京の明・清文化、西安の漢・唐文化のほか、開封の宋文化が挙げられます。そのほかに、二つの精神があります。一つは焦裕禄精神。当時、焦裕禄書記は県民を率いて風沙などの公害に取り組み、仕事に対する熱情と県民に対する責任感は幹部の手本と言えます。もう一つは、困難に負けず精神。歴史上、開封は黄河の氾濫によって何回も滅びたことがあります。それにもかかわらず、遺跡で都市を建てなおし、中軸線は一度も変わったことありません。今でも地下に6基の城が重なり埋まっている。
現在、中原経済区、鄭ベン一体化(鄭州と開封の一体化)、鄭州航空港経済区の建設によって開封は絶好なチャンスを迎えました。話が遠いですが、総括すると、開封は豊かな文化資源があるし、どんな困難にあっても負けずに事業をやり遂げる精神もあります。現在、発展のチャンスに恵まれて、きっと明るい未来が見られます。
 
 数日間のインタービューを通じて、古都開封が知らないうちに大きく変わったことを実感した。しかし、都市の変化より開封人の心の変化が何より印象付けた。一般市民から企業家まで、鎮の書記から市の書記まで、みんな開封が再び立ち上がるように努力している。開封はニューヨークタイムに感謝すべきだ。その情けない報道によって、開封の衰えで積極的に発展しないと立ち遅れになるという警告を米国人に出したと同時に、開封を目覚めさせたからだ。そこで、米国人の危機意識が垣間見られる。今日の開封は米国人の危機意識と焦裕禄精神を学びながら、開封の復興に向かってまい進すべきだ。
 


<大公報>に載せた記事の訳文です。

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